2012年02月11日
宮古島/二十日正月
二十日正月(はつかしょうがつ)とは日本の行事。1月20日のことを指し、この日を正月の終りと
なる節目の日とする土地も多い。と、Wikipediaにはある。
宮古島における二十日正月が城辺比嘉部落では、無形民族文化財の獅子舞で賑やかに行われると聞き
その由来について調べてみる。
無病息災、 五穀豊穣、 安全祈願とあわせた喜びの二十日正月と言う事になるのだろう。
ところでこの獅子であるが、中国のそれと似ている。全身毛むくじゃらの四足である。
オメメぱちくりの中国獅子舞のような曲芸的な動きはないまでも、毛むくじゃら加減はまさに
親戚筋なのである。
古琉球の国際貿易の名残を感じてしまうと言えば、いささか大げさだろうか。
おまけ***
ちなみに、古くはこの二十日正月が鏡開きの日であったようだ。
1月11日に変更されたのは、徳川家光が亡くなったのが慶安4年(1651年)4月20日 (旧暦)で
あったためとも、商家の「蔵開き」が行われていた日に合わせたとも言われるという。
なる節目の日とする土地も多い。と、Wikipediaにはある。
宮古島における二十日正月が城辺比嘉部落では、無形民族文化財の獅子舞で賑やかに行われると聞き
その由来について調べてみる。
毎年、 旧暦1月20日に行われる行事は、 1908 (明治41) 年に字有地の財産処分をめぐって士族と平民が争い訴訟にまで発展したが、 双方が部落の将来を心配して話し合いで和解し、 その記念日を祝う行事 「パツカショウガツ」 として1913 (大正2) 年に始まったとされる。
無病息災、 五穀豊穣、 安全祈願とあわせた喜びの二十日正月と言う事になるのだろう。
ところでこの獅子であるが、中国のそれと似ている。全身毛むくじゃらの四足である。
オメメぱちくりの中国獅子舞のような曲芸的な動きはないまでも、毛むくじゃら加減はまさに
親戚筋なのである。
古琉球の国際貿易の名残を感じてしまうと言えば、いささか大げさだろうか。
おまけ***
ちなみに、古くはこの二十日正月が鏡開きの日であったようだ。
1月11日に変更されたのは、徳川家光が亡くなったのが慶安4年(1651年)4月20日 (旧暦)で
あったためとも、商家の「蔵開き」が行われていた日に合わせたとも言われるという。
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